狂気の左サイドバック

左利き男性は、右利き男性よりもお金を稼ぐことが明らかに | Excite エキサイト





 左利きの人々なら共感してもらえると思いますが、かつて幼少時代、左利きというと親に幾度も怒られたものです。箸を持つ手をぴしゃりと叩かれ、まるで醜いものでも見るかのような眼差しを向けられるのです。
 なにか強烈に悪いことをしているのかもしれない。そんな被害妄想にとらわれたものです。しかし正直なところ左手で物を操るのはとても楽だったし、どれだけ考えてみても左手を使う事がいけないことだなどとは思えないのでした。
 中学生になったころでしょうか。イスラム教では左手は不浄なものとして、握手どころか物を渡すのもいけないという事実を知りました。
そのころからでしょうか。左利きというものがどれほど世の中に迎合されていないかを知ることになりました。

 例えばエレベーターの押しボタン。どこもかしこも右利き専用にできています。
自動改札だってそうです。右利きの人々には分からないかもしれませんが、あの小さな隙間に小さな小さな子供銀行の千円札より小さな切符を右手で通すのは至難の業です。
 ゴルフだってそうです。右利き専用のクラブに比べると、左利き用のものは多種多様とは到底言えません。これではわたしが徐々に醜くなっていく横み、いや、某選手に勝てないのも仕方ありません。
 包丁なども不便です。説明も不要かと思います。バイクのアクセルもなかなか厳しいし、車も結構難しいんですよ。計量カップだってなかなか残酷なものです。クラス中から無視されるよりはましですが、食事時に長州小力を見るよりはつらいです。
 楽器はもちろん、切実なのは缶切りです。左利き用のものもありますが、それに出会うまではきっと大地震が起きたら缶切り忘れたーとかベタな展開以前に、空けられずに死ぬんじゃないかと怯えていました。
 
 左利きは寿命が短い、という研究がかつてなされていました。
真意のほどは分かりませんが、少なくとも世の中が右利き用にできていることからして、左利きの人間が事故に合う確率は右利きよりも多いといえましょう。
 
 リチャード・ドーキンスの利己的な遺伝子で考えてみると、遺伝子は自己の複製子を最も多く残す可能性の高い戦略を取るということであります。単純に考えると、これだけ不利な左利きはいなくなってしまうことになるのではないでしょうか。しかし実は遺伝子はそれほど利己的ではなかったということをウイリアム・ドナルド・ハミルトンは包括適応度という概念で、生物の「利他行動」を説明しています。働きバチや働きアリは、自分では卵を産まず、女王の産んだ卵の世話をするが、このような自分の適応度を高めるうえでは不利としか思われない「利他行動」は、長い間進化的説明が困難でした。左利きが右利きの生存と繁殖を助けるという利他行動のために存在するとはいえないでしょうから、さほど左利きへの淘汰がないものと考えていいのかもしれません。単なる生命の多様性というか、要は左サイドバックは「狂気の左サイドバック」と言われた都並以降、なかなか現れていないという結論にしましょう。

 なんの話でしょう。

 ということで、サッカーを見てみれば左利きの重要性は増すばかりです。
いつの間にか左利きは、単なるマイノリティではなく、貴重な戦力となっているのです。

 で、結局どんな結論だったのでしょう。






 ちなみにわたしは右利きです。
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# by Your_sea | 2006-08-14 20:30

上昇するエレベーター



 エスカレーターを昇りきると、今まで天井が低く閉塞的だった空間が一気に開ける。
併設されている図書館から本を借りてきた人と、クーラーの効いた場所を求めてやって来た受験生たちでテーブルは埋まっている。
小さなテントが張られた片隅では、コーヒーと紅茶を売る店がある。
 僕はアイスコーヒーをふたつ注文して、眼下に街を見下ろせるカーテンウォールに額をつける。
おもちゃのように行き交う車を見つめながら、苦味の利いたコーヒーを飲み干す。
脇のベンチが空いたので、そこにもうひとつのコーヒーを置く。左の掌は溶けた氷のおかげで、冷たく湿っていた。
 ちょうどあの人の掌を思い出す。温かくもなく冷たくもなく、ただひたすらに柔らかい掌だった。
黒い影が空を横切るのだが、どれだけ目を凝らしてもそれがカラスの群れなのか、それ以外の鳥たちなのかわからない。
 そして空は夏色で、僕は夏から取り残されたままコーヒーの苦さに眉をしかめる。

 ちょうど五年前に、僕はここにいた。
言い方を変えれば、ちょうど五年間、僕はここへ来なかった。
隣にはあの人がいて、フロアの奥まった場所にある蕎麦屋に入った。
蕎麦しかない店で、あの人はずいぶんと迷っていた。何を迷っているのかと尋ねれば、「天ぷらにしようかシンプルにタヌキ蕎麦にしようか迷っちゃって」と笑った。
僕は生ビールをふたつ頼んで、乾杯をして閑散とした店内を見渡して、それから悩んだときにこめかみを指先で突くあの人の仕草を眺めて、これ以上ない平和な午後を実感していた。
「南と北。さあどっちに住みたい?」
 やっとのことであの人は天ぷらそばに決心を固め、唐突にそんな質問をした。
「南かな」
「なんで?」
「海があるでしょう。釣りをして食材を得るよりはただ美しい海で泳ぎたいって思うんだけど、そういう海は南にしかないような気がする」
「同感」
 それから僕らはビールをお代わりして、あの人は半分以上の天ぷらを僕に引き継いだ。
「とんでもなくお腹が空いていて、まさしくこの天ぷらこそ胃袋を満たすんだけど、ちょっと胃がわがまま言ってる」とあの人は笑った。何度も見てきたつもりだったけど、考えてみるとあの人を正面からじっくりと見ていたのはその日が初めてだった。
 太陽がビルの間のどこかに沈みかけていて、世界はやや赤味を帯びていた。あの人の白い肌もやや赤味を帯びていて、僕は慌てて周囲を窺った。なぜだろう。なんだか自然の摂理に従って、あの人がこの大気に溶けていってしまうように感じたのだ。

 小さな声で子どもを注意する母親と、目が合った。
その子どもは上下する透明なエレベーターに歓喜の声をあげていて、手に持ったパンを振り回している。
「ほうらちゃんと座って食べなさい」
 何度か母親は繰り返した。僕もつられてエレベーターを見つめた。不思議と、上昇する人々の方が、下降する人々よりいくらか幸せそうに見えた。
 例えば僕は五年前ちょうどこの場所にいて、いくらか今よりも寂れていた街並みを見下ろして、しかし今よりもきっと幸せそうな顔をしていたのだと思う。扉が開いたときに広がる光景を予測しながら、そしてあの人と過ごす次の瞬間を感じながら、未来を信じていたのかもしれない。
 片隅にあった蕎麦屋は、予想はしていたのだが、今はなかった。
目を閉じて思い返してみる。白い割烹着を着た女性に案内されたのは、たしか入り口から三つ目のテーブルで、メニューは表紙が木製で閉じ紐がほどけかけていた。華やかなあの人にはなんとなく似合わない雰囲気だと、僕はちょっと困ったことを覚えている。
 あの人は隠し事がばれたかのような照れ笑いをして、いつものように几帳面に手を拭いて、それから。それからどうしたのだろう。
 ゆっくりと目を見開いて、無国籍料理とのぼりの掲げられた店を見ながら考える。
長い時間が過ぎてしまったが、その日はきっと世界は穏やかで、エレベーターは希望に顔をほころばせる人々を運んできて、ビルの外のさらに向こうにある世界は、それは未来と置き換えてもいいのかもしれないが、きっと祝福に満ちていたのかもしれないと、そう思う。
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# by Your_sea | 2006-08-12 22:27

太陽光を便器にかえる




そんなソーラーパネルがあってもいいのではないかと思う日付変更線上のアリアです。
バッハの「G線上のアリア」はビールに合うんじゃないかと、今思いました。
この曲はバッハが亡くなって百年近く経ってから編曲され、世に浸透していくのでした。


こちらで聞く事ができます。


通して聞いてみるとビールじゃなくてワインかな、なんて思ったり思わなかったり。




さて。こんな時間に餃子です。
餃子に関しては100人いれば102通りくらい作り方が違うもので、
それぞれこだわりがあるものですね。

・餃子を包むとき、ひだひだをつけるか、否か。

・最初に焼き色がつくまで炒めるか、否か。

・炒めるとしたら胡麻油かサラダ油か。

・注ぐのは熱湯か冷水か。

・仕上げに胡麻油を投入するか、否か。

・ここは田舎か否か。

 そんなところでしょうか。
わたしは極めてオーソドックスに作ります。
まずはアンパンマン色になるまで下部に火を通し、熱湯を注ぎます(餃子の1/4くらい)。
蒸して蒸して蒸しパンマンにしたら(蒸しが甘いとトレパンマンになります)、
胡麻油を注いで水気を飛ばします。
具材もオーソドックスですが、海老を叩いて加え、野菜はやや多めにします。

 あとはお酢を中心にしたタレにつけて召し上がります。



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 夜間の餃子は背徳的な美味しさです。
そのカロリーと翌朝に残るであろう香り。
あなたも今夜は餃子と心中してみてはいかがですか?
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# by Your_sea | 2006-08-11 00:17

餃子と三日月ランデブー

おおらかだった時代の「理科」の本を読む | Excite エキサイト




 本当におおらかですね。
ある種ユーモアも感じます。科学が発展しているからこそ、こんな回答もありなんじゃないかと思ったりもします。
ということで今日買ってきました。
熟読するとなかなか興味深い内容です。ご紹介します。



「塩は海ですか?」


A. いいえ佐藤くん(佐藤くんが誰なのかは不明)。海は塩ではありません。
 塩が海なのでもありません。
 なぜならば、干物が売れなくなるからです。


 とこうきました。
なかなか我々の真意を突いてきます。
こんな質問もありました。



「宇宙はどれくらい広いんですか?」


A. 2LDKよりもひろいんです!



「やくみつるは何のちゅうどくなんですか?」


A. はなまるしか仕事のないやくまるくんをごらんなさい。彼は奥様ちゅうどくです。
 おのずとやくみつるの症状もわかるでしょう?



 かなりブラックなのかそうでもないのか不明な回答が目立ちます。



「村上ファンドと村上サンドはどちらがおいしいですか?」


A. サンドに決まってるだろう。



 急に怒ってしまう回答もあります。上記は254ページ中段にあります。
これにはやや驚きました。村上サンドに美味しさ軍配が上がるのは同感ですが、ちょっと厳しいですよね。



「オシムジャパンはつよいですか?」


A. 「2点勝っているけれど、まだ試合には負けていない」



 わかるようなわからない回答です。
さらに駄目押しのような駄洒落でしめています。



「イエメンのサッカーはともかく、イケメンでないことは確かだ」



 さらにわかりません。
こうなってくるとこの本の虜になってきますね。



「愛情ってなんですか?」


A. 30年ローンで買ってしまった形のない負債。たいてい夫妻になっちゃう。




すべてフィクションですのでご了承ください。
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# by Your_sea | 2006-08-09 21:26

チグーミ



 チグーミが流行り出したのは半年前のことだ。
はじめは渋谷あたりの高校生から発信されたという噂が主だった。
しかし実際のところは、西新宿のオヤジたちが広めたという噂もある。
でどころが分からないくらいに、チグーミは急速に広まった。

 やや遅れを取ったが、僕も今日チグーミを手に入れた。
手のひらほどの大きさで、恥ずかしがりやだからすぐにポケットに逃げ込んでしまう。
きゅうきゅうと小さく鳴くところが、なんとも可愛い。
お腹がすくと小さな鼻を出してきて、ふにふにと周囲の匂いをかぐ。その仕草がまた可愛い。
それから様子をうかがいつつ、頭を出してきて、黒目がちの目で周囲を窺うのだ。
僕は人差し指だけで頭を撫でてやる。意外に弾力のある体毛が心地よい。

 チグーミが誰しものポケットに入るようになってから、ずいぶんと社会は変わったと思う。
例えば電車だ。
「ご乗車中はチグーミを離さないようお願いします。餌やりなど離す場合には、デッキでお願いします」
そんな放送があたりまえになった。
チグーミはソーセージだとかゆで卵を食べる。小さな頭を小刻みに揺らして齧りつく姿は、朝のラッシュにあっても人々を和ませる。

 彼女は僕よりもずっと前にチグーミを飼っていた。
まだ三度目だったろうか、緊張ばかりのデートのときに胸元から飛び出てきたチグーミに、僕はのけぞってしまったものだ。
「あのねあのね。名前付けちゃった」
「へえ。珍しいね」
「あのねあのね。ちび」
「へえ。そのままだ」
「うん。そのままー」
 彼女は笑って、チグーミの頬を指で撫でた。その小動物はくすぐったそうに身をよじって、その仕草があまりにも可愛かったので、僕も買ったのだ。

 僕はチグーミに「バロン」と名付けた。
ちょっとお堅いかなって思った。まあしかし、上司は「エニグマ」とか付けているし、要はなんでもありなのかなって思ったのだ。
ミニペットというのが売りだったチグーミだったが、どうやら我々は予想以上に依存してしまったようだ。
どこにいくにもチグーミがいなければ不安になってしまう。
常に時間を気にして、何度も何度もチグーミの様子を窺ってしまう。彼らの寿命は二年程度で、死を迎える前にチグーミ変更をするのが主流だ。
残酷と思うかもしれないが、誰だって毎日一緒に行動を共にするチグーミの死を見たくはない。
だから寿命が切れる前に新しいチグーミと交換するのだ。

 僕のチグーミと彼女のチグーミは、とても仲が良かった。
あれは横浜の山下公園だったろうか。真っ黒な海が眼前に広がっていて、僕らはベンチに腰掛けていた。
僕の胸ポケットからチグーミが頭を出して(こいつは僕の胸ポケットが好きで、おかげで煙草を辞められた)、呼応するかのように彼女のチグーミがハンドバッグからひょっこりでてきた。
まるで出会った頃の僕らのように、ゆっくりと、もどかしく二匹のチグーミは近づいていった。
僕の腕をゆっくりと伝っていバロンと、彼女の首周りを一周してから照れくさそうに腕を伝っていく「ちび」。
僕らはくすくす笑いながら見守った。
どこかにある船が汽笛を鳴らして、ちょうど雲間から月が見えた。大きな月だった。
それからのことは、早回しのようであまり記憶にない。
僕のチグーミが危うげなバランスのままちびに近寄って、我々の顔に花のような笑みが咲いたと同時に、ひと噛みでちびの首が失われた。

 彼女の指先から手首にかけて一筋の血が流れて、それはまるで彼女自身から流れる血液のようだった。
僕は衝動的にバロンを掴むと、ベンチの縁に叩きつけた。
ちびの首がぽろりとこぼれ落ちて、やはりそこにも小さな小さな血の滴が流れ落ちた。
彼女はもう何も言葉を発することもなく、ベンチを後にした。
小さな手にはちびの亡骸が握られていて、何か言葉をかけようとした僕は、再び夜空を横切る汽笛に、存在ごとかき消されてしまった。
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# by Your_sea | 2006-08-07 21:46

シュワーベ セントジョーンズワート


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ということで、ドイツ発 セントジョーンズワートを買ってみまして、もう2週間が経ちます。
昨今流行っているようで、要するにハーブサプリメントなのですが、なかなか効果が期待できるそうです。
問題はいろんな人の口車に乗せられてなんの効果があるのか分からずに買ったのですが、
調べてみましたところ、『気分を向上、安定させるためのサプリメント』であって、『うつ病の治療薬』 として利用されている天然ハーブだそうです。

ほほう。

今のところ、「これ」という効果は感じられませんが、まあもともとハーブとはそういうものだと思いますので、しばらく続けたいと思います。
最近はうつ病の方がかなり増加しているという話も聞きます。
うつ病が認知されたからこそ潜在的なうつ病が表面化したのかもしれませんが(拒食症も言葉が認知されることで爆発的に増えたと聞きます。ってもともと拒食症的な、でも病名のない症状の人がたくさんいただけなのかもですが)、いずれにしても現代社会では心の病を負う可能性はかなり高いのではないのだろうかとも思います。
今のところわたしはうつ病ではなさそうですが、年々気力が減退して未来に漠然とした不安というか絶望というか、諦めを感じる機会が増えているように思います。

と、そんな状況にあるあなた! そう。そこのあなたです。
ハーブは副作用も少ないですし、とはいえ医薬品との併用で一定の副作用はありますが、自然界の恩恵を体に取り入れてみるのもいいかもしれません。

豚骨ラーメン一杯分で救える身体がある

これが合言葉です。


ところで、どんな食品でも良い部分があって、結局なんだって身体にいいんじゃん、なんて思うことありませんか?
お茶系は特に、緑茶にせよウーロン茶にせよプアール茶にせよ加藤茶にせよ、結局なんでも良い部分はあるって結論ですが、わたしの大好きな紅茶に関しては一切研究がなされていないのです。
なぜなんでしょうね。紅茶だけは研究者がまるでいなく、ブラックボックスと化しているそうです。不思議です。


まあどうでもいいんですが。
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# by Your_sea | 2006-08-06 20:10

ストーリーレシピ1 海鮮チャーハン



 同期のエミが結婚することになった。まず8月にプーケットに新婚旅行に行って、その後に簡単な結婚式を挙げるのだという。
仕事中に電話がかかってきて、帰りに寄れないかと誘いを受けた。
彼女のマンションは帰り道にあるから問題はないのだけど、どこか違和感があった。
その違和感はなんなのだろうと考えてみたが、やはりエミが結婚するからなのだろうと思った。

 都心の夕焼けはどこか不気味だ。
闇が侵食して、巨大なビル群を飲み込んでいくような焦燥感にとらわれる。
彼女のマンションは永福町にある。駅前の商店街は穏やかで、赤い陽光のせいで新鮮とは思われない野菜たちも、どこか愛嬌がある。
タマネギと人参と、それからレタスを買った。ついでに魚屋にも立ち寄って、イカとタコを買う。
「あ。もしかしてそれって」
 エミは玄関を開けもせず、おそらくドアスコープ越しにくぐもった声で言った。
「買ってきたよ。どうせないんでしょ? 食材」
「ない」
「ていうかさ、ドア開けてよ」
「ああ。はいはい」
 何度か来たことのある部屋だが、いつもとは何かが異なっていた。
天井や壁に視線を這わせながら居間にたどり着くと、静かな音量でモーツァルトの交響曲第40番が流れていた。
「ねえ。どうしたのこの曲」
「はい?」
「いやだからさ。なぜにモーツァルト?」
「ふふふ。これはね、ジョージ・セルが指揮している67年くらいの録音だったかな?」
「そういうことでなくてさ。今までまるで聞かなかったのに」
 エミは手のひらをひらひらを振って、わざとらしくソファーを指差した。
結婚を控えた女はこうも変わるのだろうか。所詮相手の男がクラシックにうだうだと拘るような趣味を持っているのだろう。

 バリ島で買ったというエミにしては抜群にセンスの良い籐の棚は、やはり今日も美しかった。
ポプリがさりげなく乗せられていて、かすかにゼラニウムの香りがした。
彼女は赤いエプロンをして、すでに戦闘態勢といったいでたちだ。
「そろそろ作る?」と僕はあくびをかみ殺す。
「では手合わせ頼む」
「なににする?」
「チャーハン」
 チャーハン。彼女の結婚相手の誕生日に振舞われるであろうチャーハンを思い浮かべる。あまりにもお祝い事にふさわしくない滑稽なチャーハンというメニューに、僕は苦笑する。
「いいの? そんなんで」
「いいのいいの。だって美味しいチャーハンてなかなかできなくて」
 早速僕はキッチンに立って、「ビール」と注文する。
すぐに冷やしたグラスとギネスが差し出されて、黙っているとエミはやや眉毛を吊り上げてグラスに注いだ。
文句も言わずに人の命令に従うことは、滅多にない。
料理が終わったら、彼女の反撃が始まるに違いない。いや、そもそも料理に失敗したときの罵倒は凄まじいものになるだろう。少しだけ指が震えた。だから一気にギネスを飲み干した。
「あまり細かいことは抜きにするけどね。素人が家庭で上手にチャーハンをつくる秘訣だけ覚えてもらうよ」
「はい教官。あー緊張してきた。バッハに変えようかな」
「その必要はないと思うけどね」
「そうなんだ?」
「誰の影響?」
「彼」
「ふーん」
 ステンレスのボウルを取り出すと、適当にご飯をよそって卵をふたつ落とした。
それをエミにかき混ぜさせている間に、僕はタコとイカを切った。
「最初にご飯と卵を合わせる。これが秘訣なの?」
 彼女はかしゃかしゃと混ぜながら言う。
「そうそう。それだけでぱらぱらご飯は約束されるよ」
「そのさ、イカをさばくの面倒そう。でも彼ってイカ好きでさあ」
「ふーん」
「なんか不機嫌?」
「別に」
 ワケギを細かく切って、一口大になったイカとタコに豆板醤とチリパウダーを多めに混ぜた。


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「ちょっと淋しいんでしょ?」
「なにが」
「先にわたしが結婚しちゃって」
「なんで」
「ふふふ。まあいいや。おみやげ何が良い?」
 口の中で適度に崩れていく米の食感を楽しみながら、僕は考えた。
バッハは一日の最後には相応しいが、考え事をするには少々邪魔なものだと、初めて分かった。






1. イカとタコは細かく切っておく。
2. ご飯はボウルによそって、あらかじめ生卵と混ぜておく。フラクタルの原理は不要。
3. ねぎはみじん切りにして、しょう油、ごま油、こしょうと合わせておく。
 フライ返しを下に入れて大きく返す。強火でご飯を切るようにして、パラパラの状態になるまで、しっかり炒める。パラパラ踊っても良い。
4. フライパンを煙が出るくらいまで熱してもう火も出しちゃう。そしてサラダ油を広げる。イカとタコを炒める。
5. 合わせておいた3を加えてさらに炒める。ちなみに5-3は2。
6. 味をみて塩、こしょうをする。味は目で見ずに舌で感じる。

 美味しいができる。
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# by Your_sea | 2006-08-03 23:50

さらばわたしの牛



 プールなんて久しぶりだった。
「流れすぎるプール」というのがあって、幼い頃の記憶を喚起されたわたしは、喜び勇んで飛び込んだ。
それはそれは流れた。
素麺は絶え間なく流れていたし、彼との約束も子どもの遠足もその子どもの弟かもしくは妹になるはずだった生命も流れた。
 泣きじゃくって流れるわたしを引き上げてくれたのは大きな牛で、「ちょうど今朝ビザがおりた」のだと説明してくれた。
「やっとですよ」
「ビザが?」
「ええ。長い間待ちましたよ」
「日本が好きなの?」
「いいえ」そう言って牛は、足元の人工芝を食むのです。

 牛の相手なんて退屈だったのもあるが、「波の出すぎるプール」へ移動するにはさして時間がかからなかった。
パラソルやチェアも飲み込む波は、どこか潔い気もした。
わたしは何度も巨大な波に飲まれながら、一度胸をプールの底にしこたまこすりつけてしまった。
「赤くなっていますよ」
「でしょう。痛かった」
「物理的な痛みなんてすぐに忘れますよ」
「そうね」生意気な牛だと思った。「こんな傷はすぐに癒えるもんね」
「ですです。本当に苦しい物事は、目には見えないんですよ」
「聞いたセリフね」
「はい」
 切り刻んでサーロインだけ取り除いてやったっていいんだ。牛のくせに。

 牛はのんびりとした足取りで、隣のプールに向かった。
「飛び込まれプール」というものだった。
牛は小さく間延びした声で鳴いてから、ぞぶんと飛び込んだ。
口の端から水滴を垂らして、のそのそと階段を昇っていく。
「まあた飛び込むんだ」
 わたしのひとり言は、牛に届くことはない。牛のくせに。そう悪態をついてみる。

 水色なのは湛えられた水ではなくて、それを覆うプールの器自体の青さなのだ。
そのことに気がついたのは首だけ出して水に浸かってからだった。
上空を見上げれば、水底のような空がわざとらしく広がっていて、ああこれはもしかすると君の海なのかもしれないと考えてしまう。君って? わたしは苦笑する。君って誰だろう。天と地が逆転した場所で、わたしはよくわからなくなってくる。
 愉快な気分になってさらに首をそらせば、遥か高いところにある飛び込み台から牛が首だけ出している様子が窺える。もほほほと鳴いたのだろうか。牛の首が斜めにそる。
「さあおいで」
 わたしはまたひとり言を漏らす。
牛は緩慢な動作で、その巨体を重力に乗せていく。
醜いなあ。
わたしは心底呆れてしまう。両手を差し出して、もう一度空を眺める。きっとあのもっさりとした牛を抱えることはできないのだと確信する。だから腕を引っ込めて、かわりに目を見開いて笑ってみる。空はどんどん狭くなって、黒と白のブチに覆われる。もう! なんて言ったらあまりにもつまらない。ぎゅーと押しつぶされるなんてのもだめ。なんでこんなときに気のきいた言葉が出てこないんだろう。

 こんなに空は美しいのに。
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# by Your_sea | 2006-08-01 22:30

花火と大根の煮物


 来年は絶対にいくまいと毎回思う花火大会ですが、やっぱり行ってしまうものです。
せっかくデジカメというものを買ったので、撮ってみました。


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 夜空。


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 夜空。


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 どーん。




 それはともかく、わたしが個人的に気になったのはこれです。
トイレに貼ってありました。


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 今でもあらゆる想像をしているのです。
ギンナンだもの。



で、大根の煮物は?
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# by Your_sea | 2006-07-30 20:48

エッセンシャルオイル

 今日はエッセンシャルオイルを買ってきました。
イランイランをベースにすることはじっちゃんの仇くらい決めていたので、
あとは何とブレンドするかに悩みます。
イランイランのみですと、かなり刺激的な花の香りがするので、柔らかいものと合わせれば良いのかなあと思うわけです。
クンクンクンクン鼻を利かせること数十分。
サンダルウッドやメリッサあたりがとても好きな香りでしたが、もう鼻が白タオルを投げてくれって叫んでいました。
醤油とか鶏がらとか豚骨なんかを味見しすぎて狂気に陥った舌を慰めるラーメン紀行のような気分ですね。

 結局、イランイラン、グレープフルーツ、ベルガモットを買ってみました。
すべて5mlで、小さな儚い瓶ですが、5千円ちょっとの値段になってしまいます。
高いですね。
実際使うときには数滴単位で使うので、合計15mlもあれば相当期間使えるのですが、どうにも父の形見の腕時計を売ってしまったような罪悪感です。
 調合を済ませ、クッションに数滴垂らしてみました。
甘くてややスパイシーな香りが立ち込めます。へー。って感じです。
イランイランの説明を見ますと、「インドネシアでは、新婚夫婦の初夜のベッドにイランイランの花が撒かれます。内面的な硬直をほぐし気分を高揚させる効果があります」
ということなんです。

 単品で使うには少々具合が悪くなるような濃厚な香りですが、うっすらと香らせればかなり美しい芳香です。
個人的にはベルガモットは良く合うと感じます。


 『ここ』をクリックすると香りがでます。






 まあでませんけどね。
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# by Your_sea | 2006-07-29 16:12