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上陸しちゃってゴメンなさい。

上陸しちゃってゴメンなさい……台風Tシャツ | Excite エキサイト





「いやーきたわよ。たっぷんたっぷんきた」


「たっぷん? 何が」


「台風に決まってるじゃない。あずさ2号がきてどうすんのよ」


「台風か。そんなレベルの話か」


「今度の台風は自転車並みらしいわよ」


「みたいだね」


「軽そー」


「速度の問題だから」


「知ってるわよ。ちょっとヒューモアを折り混ぜ混ぜなのに」


「なんだよ混ぜ混ぜって」


「電動アシスト付きくらいの速度だってね」


「電動だと自転車に例える意味が分からなくなっちゃう」


「風速62たっぷん」


「またたっぷんかよ」


「テレビ見てると傘が自動でたたまれてるものね」


「自動ってわけじゃないけどね」



「でもね。ワンタッチで開く傘以降、傘に進化が見られないのは世界中の人々の胸のしこりだったのよ」


「乳がん検診行ったほうがいいって話だよね」


「もしここで台風に襲われたらどうする?」


「どうするもなにも家に帰るよ」


「そ、そんな……」


「なに必殺シュート止められたみたいな顔してんだよ」


「キャノンシュートを片手一本で……」


「ナポレオンのシュートかよ。妙に地味だな」


「わたしたちってタップルじゃん?」


「たっぷんひきずってる」


「わたしを置いて逃げるなんてひどい」


「一緒にそこの駅から電車乗って帰りゃあいいじゃん」


「台風を前に何悠長なこと言ってんのよ!」


「普通に切符買って電車乗って帰りゃあいいじゃんかよ!」


「そうやってすぐに声を荒らげるんだから。だから男は獣臭いのよ」


「一応メリットしてるんだけど」


「あーあ。もしここで台風に襲われたらひとりぼっちかあ」


「ていうか天気予報くらい見てこいよ」


「あー。箸にも棒にも掛からない話を聞いていたら本当に台風がきたわ」


「うっそ。自転車並みなのはずなのに」


「だから言ったじゃない。電動アシストだもの」


「そういう問題ではないんだけどね」


「かなりの大きさね。きっと街中に漂う人間の欲望を吸収しているのよ」


「ゴーストみたいじゃんか」


「見て! ケンタッキーのおっちゃんが!」


「あ。飛んでる」


「カーネルが鳥のように飛んでいるわ」


「なんとなく皮肉だな」


「翼をもいでばかりのカーネルが空を飛ぶ。ぷぷぷぷ」


「やめろって」


「どうしよう。あなたはどうやってわたしを守るつもり?」


「守るもなにも早く逃げようって」


「戦わないの!?」


「無理。前提がおかしい」


「わたしたちの愛の力で!」


「なんだよ! いきなり大声出すなよ」


「スカイラブハリケーンで」


「だから無理」
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by Your_sea | 2006-08-21 19:54

狂気の左サイドバック

左利き男性は、右利き男性よりもお金を稼ぐことが明らかに | Excite エキサイト





 左利きの人々なら共感してもらえると思いますが、かつて幼少時代、左利きというと親に幾度も怒られたものです。箸を持つ手をぴしゃりと叩かれ、まるで醜いものでも見るかのような眼差しを向けられるのです。
 なにか強烈に悪いことをしているのかもしれない。そんな被害妄想にとらわれたものです。しかし正直なところ左手で物を操るのはとても楽だったし、どれだけ考えてみても左手を使う事がいけないことだなどとは思えないのでした。
 中学生になったころでしょうか。イスラム教では左手は不浄なものとして、握手どころか物を渡すのもいけないという事実を知りました。
そのころからでしょうか。左利きというものがどれほど世の中に迎合されていないかを知ることになりました。

 例えばエレベーターの押しボタン。どこもかしこも右利き専用にできています。
自動改札だってそうです。右利きの人々には分からないかもしれませんが、あの小さな隙間に小さな小さな子供銀行の千円札より小さな切符を右手で通すのは至難の業です。
 ゴルフだってそうです。右利き専用のクラブに比べると、左利き用のものは多種多様とは到底言えません。これではわたしが徐々に醜くなっていく横み、いや、某選手に勝てないのも仕方ありません。
 包丁なども不便です。説明も不要かと思います。バイクのアクセルもなかなか厳しいし、車も結構難しいんですよ。計量カップだってなかなか残酷なものです。クラス中から無視されるよりはましですが、食事時に長州小力を見るよりはつらいです。
 楽器はもちろん、切実なのは缶切りです。左利き用のものもありますが、それに出会うまではきっと大地震が起きたら缶切り忘れたーとかベタな展開以前に、空けられずに死ぬんじゃないかと怯えていました。
 
 左利きは寿命が短い、という研究がかつてなされていました。
真意のほどは分かりませんが、少なくとも世の中が右利き用にできていることからして、左利きの人間が事故に合う確率は右利きよりも多いといえましょう。
 
 リチャード・ドーキンスの利己的な遺伝子で考えてみると、遺伝子は自己の複製子を最も多く残す可能性の高い戦略を取るということであります。単純に考えると、これだけ不利な左利きはいなくなってしまうことになるのではないでしょうか。しかし実は遺伝子はそれほど利己的ではなかったということをウイリアム・ドナルド・ハミルトンは包括適応度という概念で、生物の「利他行動」を説明しています。働きバチや働きアリは、自分では卵を産まず、女王の産んだ卵の世話をするが、このような自分の適応度を高めるうえでは不利としか思われない「利他行動」は、長い間進化的説明が困難でした。左利きが右利きの生存と繁殖を助けるという利他行動のために存在するとはいえないでしょうから、さほど左利きへの淘汰がないものと考えていいのかもしれません。単なる生命の多様性というか、要は左サイドバックは「狂気の左サイドバック」と言われた都並以降、なかなか現れていないという結論にしましょう。

 なんの話でしょう。

 ということで、サッカーを見てみれば左利きの重要性は増すばかりです。
いつの間にか左利きは、単なるマイノリティではなく、貴重な戦力となっているのです。

 で、結局どんな結論だったのでしょう。






 ちなみにわたしは右利きです。
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by Your_sea | 2006-08-14 20:30

餃子と三日月ランデブー

おおらかだった時代の「理科」の本を読む | Excite エキサイト




 本当におおらかですね。
ある種ユーモアも感じます。科学が発展しているからこそ、こんな回答もありなんじゃないかと思ったりもします。
ということで今日買ってきました。
熟読するとなかなか興味深い内容です。ご紹介します。



「塩は海ですか?」


A. いいえ佐藤くん(佐藤くんが誰なのかは不明)。海は塩ではありません。
 塩が海なのでもありません。
 なぜならば、干物が売れなくなるからです。


 とこうきました。
なかなか我々の真意を突いてきます。
こんな質問もありました。



「宇宙はどれくらい広いんですか?」


A. 2LDKよりもひろいんです!



「やくみつるは何のちゅうどくなんですか?」


A. はなまるしか仕事のないやくまるくんをごらんなさい。彼は奥様ちゅうどくです。
 おのずとやくみつるの症状もわかるでしょう?



 かなりブラックなのかそうでもないのか不明な回答が目立ちます。



「村上ファンドと村上サンドはどちらがおいしいですか?」


A. サンドに決まってるだろう。



 急に怒ってしまう回答もあります。上記は254ページ中段にあります。
これにはやや驚きました。村上サンドに美味しさ軍配が上がるのは同感ですが、ちょっと厳しいですよね。



「オシムジャパンはつよいですか?」


A. 「2点勝っているけれど、まだ試合には負けていない」



 わかるようなわからない回答です。
さらに駄目押しのような駄洒落でしめています。



「イエメンのサッカーはともかく、イケメンでないことは確かだ」



 さらにわかりません。
こうなってくるとこの本の虜になってきますね。



「愛情ってなんですか?」


A. 30年ローンで買ってしまった形のない負債。たいてい夫妻になっちゃう。




すべてフィクションですのでご了承ください。
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by Your_sea | 2006-08-09 21:26

フェイント



 高校時代からの友人に、誕生日プレゼントを貰った。
彼は小学校の頃からサッカーをやっていて、だからだろうか。スパイクが贈り物だった。
「あのさ」
 煙の立ち込めたHUBで僕は困ったように言う。
「手に入れるの苦労したよ。イングランド製」
「まあありがたいんだけどさ。ほら」
「なに」
「サッカーできないんだよね。僕は」
「ああなるほどね。でもそれってシティ用だから」
 大学の誘致を繰り返してきたこの町は、こういった安酒場は妙にうるさい。
未だに一気飲みをする若者がいることに驚くばかりだった。
「シティってあれ? 街でってこと?」
「だよ。この靴のすごいのはさ」ここで金髪の男が嬌声をあげる。
「はい?」
「いやね。すごいのは常人離れしたフェイントができることなんだよ」
「へえ」
「信じてないだろ」
「まあね。だって僕はサッカーできないし」
「西田敏行みたいなセリフばかり言うなよ」
「なにそれ」
「なんでもないよ」

 気が進まなかったが、僕はその靴を履いて街へ出た。
こつこつとアスファルトを刻む音は心地よかったが、どうにも服装に合わないようにも思えた。
ところがだ。スピードを緩めずに路地を曲がってきた車を、無意識のまま不思議なステップでかわす事ができた。
左足が後方に引っ張られ、それを軸に体ごと反転して回避したのだ。
これほどの敏捷性が僕に秘められていたのか、それともこの無骨な靴のせいなのか。

 いくつか特筆する出来事が起こった。
歌舞伎町を酩酊して歩いていた夜半のこと。
前方から見た目の凶悪さならサファリパーク以上な男たちがやってきて、
これまた運悪く「ガンを飛ばした」などといちゃもんをつけられたことがあった。
願を飛ばしたい気分だったが、そんなつまらないジョークは通用しない。
血気盛んで少し献血でもしてきたほうがいいと思われる最年少が僕の胸倉をつかみ、
いや、正確にはつかもうとして、次の瞬間僕は彼の背後に回っていた。
ここでも意識しない不可思議なステップで、これは文字には現せない。
なぜなら僕自身、どんな足取りで彼の背後に回ったかすら分からないからだ。
とにかく男たちがいくら僕を捕まえようとしたところで、僕の体はボクサーのように、
いやいやそれ以上の身のこなしでフェイントをかけていくのだ。
まさに天性のドリブラー。小太りなマラドーナを思い出した。

 その日、お台場に僕はいた。
今から思えば、なぜこんな日にこのサッカーシューズを履いてきてしまったのだろうかと悔やむ。
そろそろ結婚を申し込もうと考えていたユカリと、お台場のクルーズ船に乗ったのだった。
彼女はその晩も美しく、なによりも端正で彫りの深い顔立ちにやや太めな二の腕というアンバランスが僕の好みだった。
僕は数週間かかって高くもなく、それでいて陳腐でもない指輪を、もちろんユカリに良く似合う指輪を懐にしまっていて、
青い光が散りばめられた街が遠くに見える船の上で、ひとしきりタイミングを狙っていた。
「あのさ」
「なあに」
「これ」
「あ」
「いやね」
「ありがとう。どうしてどうして?」
「いやね」
「うれしすぎる」
 そんなやり取りがあって彼女は小さな小さなダイヤの指輪を、薬指に通してくれた。
この瞬間の喜びといったらなかった。
自慢げに手の甲を僕にかざし、ユカリは美しい笑顔のまま僕に身を寄せてきた。
それは完璧なフェイントだった。
僕の足は華やかにステップを刻み、体を預けてきた彼女を見事にかわしたのだ。
勢いあまったユカリは夜の海に転落し、その暗黒に落ちていく刹那、薬指のダイヤがかすかに光ったことを、僕は今でも覚えている。

 
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by Your_sea | 2006-07-22 10:00

カジノとサッカー

四年に一度の祭典が終わった。

チャンピオンズリーグや南米選手権やUEFACUPや、欧州選手権などと今ではテレビでも観る事ができる。
世界で最上級のサッカーを見たければ、これらの大会を見ていればいいのだし、
それこそヨーロッパリーグの各試合を見ていればことは足りるのかもしれない。

現に僕の周囲のサッカー好きな人々は、常にハイレベルな欧州サッカーに触れ、殊更に「もはやワールドカップなんてお祭りでしかない」と声高に主張する人々もいる。
それは事実なのだろうとも思う。

例えば、日本人がチェルシーを応援して、彼らの優勝に感動し、さて現地で熱狂してみるとする。
実際僕もヨーロッパでサッカーを観戦し、贔屓のチーム(好きな選手がいるというだけだが)応援してみたこともある。
そのチームが勝利を収め、周囲の雰囲気と高揚感を引きずったまま近くのバーでたらふく酒を飲んだ。
いつの間にか仲良くなった現地のサポーターと共に喜びを分かち合うような状況になるのだが、
彼らが最後まで口にしていたのは、「なぜ日本人もいないチームを君は応援するのか?」という疑問だった。
彼らにしてみれば、我々は全くの部外者であり、なぜ勝利に喜ぶのか皆目見当がつかないのだという。

いわれて見れば確かに、僕はヨーロッパにいくら素晴らしい選手がいようと、美しいサッカーをこなすチームがあろうと、
そこが優勝することに喜びを見出すこと自体が至極場違いな気もする。
なぜ喜ぶのか。当時の僕にはよくわからなかった。ただ最高のプレーを見ることのできた喜びだったのだろうか。

 日本がワールドカップに出場できるようになって、今こそ思う。
心から、全身全霊で「勝って欲しい」と情念が沸き起こるのは、すなはち日本の試合だけである。
醜くても良い。とにかく勝ちたい。勝つことこそすべてである。
そう思えたのは、日本という国家を背負って戦う代表チームに対してだけに抱ける希望なのだった。
2006年ドイツ大会は一次リーグでの敗退を喫した。
悔しくもあり、でもこれは順当な結果でもあるという想いもあった。
まだまだ日本は強くなる。これは確信している。少しだけ世間の理想が先走っていただけだと感じる。


これはフランス大会のあと、ラスベガスに行ったときのことだ。
僕はしこたま飲んでいて、それでもかじりつくようにカジノのルーレットにかじりついていた。
そこで仲良くなったのはスウェーデンから来た若者とやはり北欧系のの年齢不詳な男、それからイングランド人。
「チップは黄色でいいんじゃないか?」
そんなようなことをスウェーデン人が言った。
彼らは声を揃えて笑って、それから「サッカーも弱いし」というニュアンスの言葉を吐いた。
これほど悔しい思いをしたことはなかったが、英語の喋れない僕は「まあ見てろよサッカーもそうだがこの賭けにも勝つから」と言い返してみたかった。
想いも寄らぬことに、半ば泥酔状態でやったルーレットは10回ほど戦って4回の勝利を収めた。
驚くほどのチップが目の前に詰まれて、しかし喜びよりは困惑が強かった。
「おいおい! おい! ナイスガイ!!」
 そんなようなことをスウェーデンの若者が叫んだ。彼はそれっきり僕の肩に腕をかけて、意味不明な歌を歌っていた。

 この話に教訓もなにもないのだが、ただ僕が感じたことは、自分の領域とは無関係な物事に陶酔することは、
常にそこで生活の一部として生きている現地の人々にとっては理解不能なことなのかもしれないということだった。

 部屋に帰ると、彼女は心配そうな顔で待っていた。
換金した札束を見せると、困ったように笑った。
その金も、帰国するときにはすべてなくなったことは言うまでもない。
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by Your_sea | 2006-07-17 20:51