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カジノとサッカー

四年に一度の祭典が終わった。

チャンピオンズリーグや南米選手権やUEFACUPや、欧州選手権などと今ではテレビでも観る事ができる。
世界で最上級のサッカーを見たければ、これらの大会を見ていればいいのだし、
それこそヨーロッパリーグの各試合を見ていればことは足りるのかもしれない。

現に僕の周囲のサッカー好きな人々は、常にハイレベルな欧州サッカーに触れ、殊更に「もはやワールドカップなんてお祭りでしかない」と声高に主張する人々もいる。
それは事実なのだろうとも思う。

例えば、日本人がチェルシーを応援して、彼らの優勝に感動し、さて現地で熱狂してみるとする。
実際僕もヨーロッパでサッカーを観戦し、贔屓のチーム(好きな選手がいるというだけだが)応援してみたこともある。
そのチームが勝利を収め、周囲の雰囲気と高揚感を引きずったまま近くのバーでたらふく酒を飲んだ。
いつの間にか仲良くなった現地のサポーターと共に喜びを分かち合うような状況になるのだが、
彼らが最後まで口にしていたのは、「なぜ日本人もいないチームを君は応援するのか?」という疑問だった。
彼らにしてみれば、我々は全くの部外者であり、なぜ勝利に喜ぶのか皆目見当がつかないのだという。

いわれて見れば確かに、僕はヨーロッパにいくら素晴らしい選手がいようと、美しいサッカーをこなすチームがあろうと、
そこが優勝することに喜びを見出すこと自体が至極場違いな気もする。
なぜ喜ぶのか。当時の僕にはよくわからなかった。ただ最高のプレーを見ることのできた喜びだったのだろうか。

 日本がワールドカップに出場できるようになって、今こそ思う。
心から、全身全霊で「勝って欲しい」と情念が沸き起こるのは、すなはち日本の試合だけである。
醜くても良い。とにかく勝ちたい。勝つことこそすべてである。
そう思えたのは、日本という国家を背負って戦う代表チームに対してだけに抱ける希望なのだった。
2006年ドイツ大会は一次リーグでの敗退を喫した。
悔しくもあり、でもこれは順当な結果でもあるという想いもあった。
まだまだ日本は強くなる。これは確信している。少しだけ世間の理想が先走っていただけだと感じる。


これはフランス大会のあと、ラスベガスに行ったときのことだ。
僕はしこたま飲んでいて、それでもかじりつくようにカジノのルーレットにかじりついていた。
そこで仲良くなったのはスウェーデンから来た若者とやはり北欧系のの年齢不詳な男、それからイングランド人。
「チップは黄色でいいんじゃないか?」
そんなようなことをスウェーデン人が言った。
彼らは声を揃えて笑って、それから「サッカーも弱いし」というニュアンスの言葉を吐いた。
これほど悔しい思いをしたことはなかったが、英語の喋れない僕は「まあ見てろよサッカーもそうだがこの賭けにも勝つから」と言い返してみたかった。
想いも寄らぬことに、半ば泥酔状態でやったルーレットは10回ほど戦って4回の勝利を収めた。
驚くほどのチップが目の前に詰まれて、しかし喜びよりは困惑が強かった。
「おいおい! おい! ナイスガイ!!」
 そんなようなことをスウェーデンの若者が叫んだ。彼はそれっきり僕の肩に腕をかけて、意味不明な歌を歌っていた。

 この話に教訓もなにもないのだが、ただ僕が感じたことは、自分の領域とは無関係な物事に陶酔することは、
常にそこで生活の一部として生きている現地の人々にとっては理解不能なことなのかもしれないということだった。

 部屋に帰ると、彼女は心配そうな顔で待っていた。
換金した札束を見せると、困ったように笑った。
その金も、帰国するときにはすべてなくなったことは言うまでもない。
by Your_sea | 2006-07-17 20:51
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